ヨメ様と世界一周中。いよいよハワイ。


by arujiyanon_world
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カテゴリ:-- エジプト( 4 )

「始まる前から10対1」

「始まる前から10対1」

エジプト人を相手にしている時の気分である。

彼らは総じて人懐っこく、愛想がいい。
道行けば、一回曲がるまでに必ず「Hello!」という声が掛かる。
子供からお年寄りまで、総じて気軽に声をかけてくる。

しかし、カイロ、ルクソール等の観光地では、
観光客相手の彼らのプッシュセールスがすさまじく、
とてもひとりひとり相手をしていられないのが現状だ。
30m歩けば3人から声が掛かる。
しかも、そもそもサービスや商品に定価というものが表記されていることがないので、
買い物をする際、全てに確認作業(値段交渉)が必要になる。
1人のエジプト人と向き合おうとする前に、
こちらとしては既に道行く9人のエジプト人と対峙してきたような気分になっているのだ。

地球の歩き方にも、明記されている。
エジプトの観光客において定価というものは存在しない。
交渉を重ね、少し多めに払ってやり過ごすのが気持ちよく滞在するコツである、と。

正直、多大な労力をかけてまで安く買い物をしたいとは思っていない。
むしろお互いwin-winな関係でいれるだけの金額を払ってもいいと思っている。
それ程までに、エジプトの物価は安い。一泊数百円の世界なのだから。

イスラム圏にはバクシーシという概念がある。
宗教的に、富める者は貧しい者に対し、施しを与えるべきであるという概念だ。
この際、金銭の授受はイスラムの神であるアッラーを介して行われているということになっている。
つまり、富める者はアッラーに対し喜捨し、貧しき者はアッラーから施しを受け取っているのである。

これに加え、「チップ」といわゆる「たかり」の概念が加わり、
そもそも、チップもバクシーシも習慣として存在しない日本人としては、混乱を極めることになる。
場面場面において判断を迫られたり、親切と思い享受したことに対し見返りを要求されてガッカリしたりと、
感情の揺れ幅が必要以上に大きくなって非常に疲れるのである。

カイロでギザのピラミッドから帰る際、バスの発着所を探してウロウロしていた時、
地元の青年が声を掛けてきた。
バスの発着所まで案内してくれるという。見たところ普通の青年で、単純な親切だと思っていた。
しかし、彼はバスが通る大通りの道に着き

「ここを通るよ。ところで記念に君たちとの思い出に、日本の品を何かくれないか?」

と言い出した。

日本の物は確かに持っているが、長旅の僕らにとって、無駄な日本製は一つとしてない。
申し訳ないが、何もあげられるものは持っていない、と答えた。
そう説明しても彼は一向に引き下がらない。

「この親切に対し、君たちはどう考えているのか、本当に何でもいいんだ」

正直この辺から判断がつかなくなった。
彼は一向にバスを止める気配も無い。
バクシーシかチップを要求しているのかと思いきや、金はいらないという。バクシーシではないと。

「このままじゃバスは止めないよ」

このセリフが決め手だった。
真夏のカイロ、気温は35度はあっただろうか。
埃っぽい大通りに、日陰は見当たらない。
これは埒があかないと判断し、彼を無視して自分たちで再度バスを探すことにした。
これには本当に辟易した。

悪意の有無の判断が難しいのだ。
お金の提案を享受していれば完全に彼はクロと判断できていただろうが、
そうではないというのでは、どうにも難しい。
出来る限り性善説的に考えていたいという思いもある。

mixiに[鈴木の世界旅行記が好きだ]というコミュニティがある。
ちょっとアホな鈴木青年の旅行記であり、これが面白い。その中の一説を思い出した。

アジアのどこだったか、深夜の街でバスターミナルを探して困り果てていたとき、
道を尋ねたタクシーのおっさんがタダでバスターミナルに連れてってくれた上、
チケットを買う際の注意事項まで親切に教えてくれていた時の話だ。
彼はタダで言いと言うおっさんを疑い続け、その事を反省しながらこんな事を書いていた。

疑うより信じていたい。この歌詞の意味がやたらと身に染みた、と。
(アホを公言してはばからない彼の文面は非常に素直で、正直心に染み渡る。大好き。)

彼の言うように、出来る限り信じていたいのである。
そうでないと、全ての親切を疑い、ひとつひとつの純粋なHelloに対して、
心無い反応を重ねてしまうからだ。

しかし、それには多大な労力を要する。
子供ですら油断できないのがこの国だ。

<猫も油断できない>
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 → 机の下から隙をうかがう。これが常に2,3匹。

一度頭に浮かんだ疑念は必ず表情を伝って相手に届いているだろう。
かといって全てを許容はできないのが実情だ。

旅行中は肩書きがなくなる。
そもそもそんな立派な肩書きなど持ち合わせてはいないが、
どこどこの誰々という人称は全く通用せず、単純に一個人としてお互いが対峙する。
考えてみれば当たり前のことなのだか。

文化、風習、国民性。
エジプトではこれらの違いを今までで一番身に染みて感じている。

貨幣価値の差額による利益を享受している側の人間としての力量不足なのかもしれないが、
人間力という、今まであんまりピンとこなかった言葉が少し実感を伴って
感じられるようになった今日この頃である。

ひとつだけ悪口を言いたい。
数々の遺跡がとてつもなく壮大なだけに、
紀元前のピラミッドを築いたエジプト人と、今のエジプト人が同じ民族であるとは思えないのだ。

ヨメさんとの間では、きっとどっかのタイミングで総入れ替えになったということにして納得しているのである。

いやー、すごいですよ、紀元前のエジプト人のお仕事。
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by arujiyanon_world | 2009-08-06 15:55 | -- エジプト

No Camel.No Horse

<エジプト・タハブの海岸通りにて>
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ラクダと馬はここではだめだよ。
あ、ついでにチャリンコもね。 

といった感じか。

ここではラクダが一番多そうだしね。

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by arujiyanon_world | 2009-08-06 15:41 | -- エジプト
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流れ星を見て嬉しがる僕らにガイドは言った。
チャイを片手に、タバコを吸いながら、サンダルで登山するベドウィン。
28歳、同級生。

アルゼンチン人の青年は、この世の終わりみたいな顔をしながら
「チョコココアが飲みて~」とつぶやく。
ちなみにヨメさんは何事も後半戦にめっぽう強く、
最初こそはこの青年に遅れをとっていたものの、
いつのまにか先頭の方を歩いていたりする。千代の富士の土俵際のように粘り強い。

シナイ山登頂開始から約2時間程の休憩所での出来事。

思えば遠くまできたものだ。

シナイ半島の下部、中心あたりに、シナイ山は存在する。

真上を見上げれば無数の星が瞬き、
数分見ていれば必ずと言っていいほど流れ星を見ることが出来る。
ガイドの彼にしてみれば、珍しくも何ともないのだろう。

しかし、あれだけの数の星は、
冬の北海道でも、夏の南アルプスでもお目にかかったことがない。

歪で急峻な岩山は、元々薄いながらも赤に近い色をしており、
夜の間は、どのような形をしているのか、殆ど把握できない。
360度、周囲を見渡した山々も全て同様で、
東の地平線が微かに光を帯びてきて、ようやく周囲の様子が分かるようになった。

真上には未だ、満天の星。
そろそろ、東側には空と地上の間に境界線が引かれ始める。

太陽の存在を確認するまでは、
自分がどこにいるのかも分からなくなるような、不思議な空間。

やっぱり山はいいなぁ。
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by arujiyanon_world | 2009-08-06 15:28 | -- エジプト

Welcome to Egypt.

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世界的ガイドブックであるロンリープラネットには、
「カイロ空港は地獄の入り口である」と書いてあるとか、いないとか。

痛みを感じる程の日差し、喧騒と、歩行者優先の意識など皆無な交通事情。

シナイ半島へ向かうバスのチケットを買いに、
カイロ市内にあるトルゴマーンバスターミナルへ向かった時のことだ。

バスチケットは1人90EP(1530円)。二人で180EP。
200EPを払うと、窓口の担当者はお釣りを大量のコインで返してきた。

驚いて、これ一枚いくらなのか尋ねたら、2枚で1EPだといい、
「教えたし、これチップね」、と1EPを勝手に回収した。

あっけにとられていると、横に並んでいた利発そうな青年がすかさず言った。

「Welcome to Egypt.」

この瞬間、自分がアフリカにいる事を自覚した。
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by arujiyanon_world | 2009-07-31 04:49 | -- エジプト